動画の切り出し

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古くからのスチル写真ファンは、将来において「写真」がムービーの1コマの切り出しに成り下がってしまうのかという漠然とした危惧を持っているようです。俺もだ。

毎度素人の俺が考えるに、理屈としては、ムービーを撮影した中から最高のタイミングの一枚を選べる訳だから、スチルを1枚狙って失敗するよりは能率的と言える気がする。しかし撮影者が被写体に向かい合う姿勢というものが動画とスチルは本質的に違うのだろう。スチルカメラマンからすれば、ダラダラと撮りっぱなしの中から一枚を後で選ぶというスタイルそのものに対する嫌悪感というのがあるのかもしれない。
当然スチルカメラマンの中にもシャッターチャンスを逃さない動画の中から選ぶ方が良いに決まっていると考える人もいるのだろう。
結局は好き嫌いの問題だろう。何年後かにコンシューマーのビデオカメラ、あるいは今の一眼レフの動画カメラが進化すれば2Kとか4Kなどで撮れるようになるのかもしれない。そうなったら動画からの切り出しで画質は全く問題ないレベルになるだろうから、今でいう一眼レフクラスのカメラは自然とムービーのオマケにスチルが撮れるカメラになるに違いない。なんだか悲しい気がする人はけっこう多いのではないかな。

ところで今でも最先端のシネマカメラの実力の一端をネット上である程度味わう事は簡単に出来るようで、AppleのMovei TrailerやRED ONEで撮影された映像を見ればスゴいのがわかる。
特にこの中の、MY BLOODY VALENTINE 3Dというのは3D映画のようだが、現行のREDの3Dシステムで撮影されているのだろうか。こんなのが4Kとか6Kで見れたとしたら驚異としか言いようがない気が...

たまたま見つけたがAQUA Geo Graphicという映像会社のサイトで、RED ONE 4Kで撮影されたムービーデータを1920x1080に縮小したムービーと切り出した静止画がダウンロード出来る。
半分のサイズでこの画像だから、オリジナルは文句ないだろう。
ScarletやEpicというのが出たらどうなるのか恐ろしい。

なお、今回の写真展でお世話になったメンバーの中にはムービのプロが何人かいらして、素人には分からない秘密の情報をたくさんお持ちであるのはゆーまでもない。

コメント(14)

こんばんは。
私がこれを避けられないと考えるのは、その方が「自然」だからです。
人間の眼は、否、この世には止まっているものなどなく、
すべてが動いており、人間の眼もそれをごく自然に受け入れています。
人間の眼は最初から静止画をとらえるためにあるものではありません。
それを一瞬として残しておきたいと願うから、静止画としての絵画が生まれました。
はじめに絵画というものがあり、次に写真が生まれました。
これは飽くまで技術的な面から、そうしかならなかったからであります。
こう考えてみると、静止する一枚を得ることは、他を捨てること・・
という考えにより、人はそこに何らかの哲学的なもの、
特に日本人は俳句的な要素を感じているのだという気がします。

数撃ちゃ当たる方式に対応させるとなると、現在のムービーより一秒当たりのコマ数が増えていくのかもしれませんね。そうなった場合、1コマあたりの露光時間がどんどん減っていって、絞りを開けないと撮れなくなるかもしれません。

そういう時代のスチルカメラは絞り込めて長時間露光ができるということが売りになるのでしょうか。

…大判カメラ? arataさんは時代の先端にいる?

それはさて置き(笑)、改めて考えると、絞りとシャッタースピードを1枚ずつ任意に決定できるところにも、スチルカメラの魅力はあるのでしょうね。

将来において「写真」がムービーの1コマの切り出しに成り下がってしまうのかという漠然とした危惧を持っている一人です(^^;;;
既にAVCHDのムービーカムは動画を撮影しながら静止画が好きなタイミングで撮れるので、これでいいじゃん、と(笑)

RED ONEなどの汎用寄せ集め系機材で動画はもっと進化する事間違いなしですが、地デジやらBS/CSやらの放送規格はそうそう変われない事情もあるみたいなので、あと数十年は解像度向上・コマ数向上の方向でヒートアップしそうですね。

ところでフィルムの方ですが、映画でメインの35mmフィルムが素人の我々でも使える事ができたらさぞ良かろう、なんて思うこともあります。金かかってしょうがなさそうではありますが、あれこそ秒間24コマの一コマを取り出せばスティル写真そのものではと。最近のVISION3で撮ったオリジナルフィルムなぞは、ハーフ判+Ektar100辺りで撮った結果とほぼ同じなんじゃないかとか、浅はかな夢想は止まりません(笑)

動画の一場面を切り出して写真にするという技術的な発展はあると思っています。しかしそれがスチルに完全に置き換わることは出来ないと確信しております。これは技術的なことではなく、機械や技術や科学では追いつけない人間精神の高度な発展によると思います。
写真が出てきた頃は絵画が無くなると思った人は多かったのではないでしょうか。ところがなくならな。絵に写真を利用する人はいますが、絵画はなくならない。ソフト的に絵を作ることが出来ても絵はなくならない。
ワープロやフォントが山のように出来ても書道はなくならない。
映画が山のように出ても小説はなくならない。
自動車が出来ても人は走ることや歩くことをやめない。
船が出来ても泳いだりもぐったりをやめない。
飛行機ができても、できるだけ高く飛ぼうと棒高跳びをやめない。
まだまだいろいろな例があるはずです。
なぜでしょうか、不思議です。
トンチンカンでピントハズレの例かもしれませんが、科学や技術の力で道具が発展しても、人の感動という精神運動そのもには成り代わることは出来ないからではないでしょうか。
道具がどんなに変化しようが人の感動は質も違えば格も違います。大きくかまえて私はのんびりとしております。

いつも記事を拝読させていただいております。

私は動画が台頭してくることにより、むしろ写真が先鋭化されていくと考えています。数ある風景の中から、表象されている何かを切り出す技法や視点が写真の歴史には積み重ねられています。

それら技法を持たない一枚が写真としてはあまり感動を引き起こさないということは写真好きならば受け入れやすいのではないかと思います。(当然ながらそういった写真には新鮮さはあると思います。)

動画の中から一枚を選び出すという、その選ぶということがまさに写真の面白みであり表現だと思うのです。ですから人間の視野角を180度程度だとするなら、180度がまるまる撮れるビデオが欲しいところです。
その中から構図やライティング、ピント範囲を考え、視点を移動させつつ、世界を切り取るという作業にのみ没頭できるとしたら写真好きとしてはたまらないのではないでしょうか。

yy2828yyさん、なるほどと思いました。
動くものをとらえる目が自然なのだが、消えてなくなるものを残しておきたいという事から絵や写真が生まれた。目で得られる情報を記録するのに最適なのは動画だけれども、心が欲するものを残すのは写真なのだということでしょうか。
これは最近にわかに拡大しつつある3Dに対する考えとも符合する気がします。目で見るのは3Dが当たり前。でも本当に3Dが必要かというと...今の私は疑問です。
極端にデフォルメした3Dの映像は、その場限りの驚きで短命な気がしますし、たとえ3D眼鏡が不必要になったとしてもなくてはならない表現方法だとは思えないのです。

もへさん、なるほどです。
そういう目でスチルカメラ、大判カメラを見れば決定的なアドバンテージですね。
暗い天体などは何時間も露光しなければまともな絵にはなりませんから。

rockcapeさん、こんばんは。
映画は全く分からないのですがVISION3というのは映画用コダックのネガフィルムですか。
super35はいわゆるハーフ版とほぼ同じだと思いますが、生のフィルムをまともに見た事がないので分からないのですが、動画の1コマ1コマってけっこう荒くはないのですかね?
動いているからアラに気付きませんが、止めるとボケボケのゴミだらけのキズだらけ!?って印象が私にはあります(^^;)。そう思ってるだけかもしれませんがっ。

それにしても、映画のコマを自由にいじくって、切り出し出来たらたのしいでしょうね!

素晴らしいご意見に納得。
私自身、スチルカメラは決して無くならないと思っていますが、それは写真に限らず人間が作り出すあらゆるクリエイティブな過程の中で、「自分の手で初めから終わりまでコントロールしたい」という欲求が本質的にあるからに違いないと思っているからです(私はこれを一言で「ダイレクト操作感」と呼んでいます)。

写真で言えば、デジタルが便利になっても銀塩を欲し、さらに湿板やそれ以前の手法にさかのぼる人がいるのもそういう気持ちの表れではないかと思います。
ただ、あまりに便利になるが故に大人達も旧きを忘れ、そして子供達に原理的な体験教育をさせないとなると、存在そのものを知る人が将来的に減って行くかもしれないという危惧はあります。どげんかせんといかん!

にょしさん、はじめまして。コメントありがとうございます。
なるほどです。おっしゃる通り、ダゲレオタイプのように露光に30分も1時間もかかるような写真が今も続いていたなら、驚くような一瞬をとらえる写真も、地の果ての見た事も無い映像もなかったでしょうね。
新しい手法によって、さらに新しい映像が切り開かれて行く。新しい技術を閉ざしてしまっては面白くないですね。
大変勉強になりました。ありがとうございます!

シャッターチャンスという言葉がなくなるのかな…いやはや。
しかしカメラが進化を遂げる都度、いろいろ云われてきましたが
いつの時代も作品の質は撮り手の感性に依存するもので、機材に依存するものではありませんでした。
わかっちゃいても…(-。-) ボソッ

そうですね。カメラに使われちゃ悔しいという気持ちがあります。

通りすがりで失礼します。

動画と写真は、一緒になりそうでならないと考える方です。

動画は、基本的に人間の目の錯覚に依存するものです。ビデオもパラパラ漫画と同じ原理で、人間の目の残像現象を利用しています。そのため、動画は基本的に1/60秒のシャッタースピードが適正となります。ビデオカメラによっては、1/250秒のシャッタースピードも切れますが、それ以上になりますと、動画の動きがギクシャクとします。

参考にされている画像も、よく見れば被写体がブレているはずです。これが、1/60秒というシャッタースピードのためです。通常、歩いている人間でも、1/250秒以上でないと静止しません。

このブレを許容範囲とみるか否かが、動画の切り出しで写真は十分と考えるかどうかの分岐点になると思います。

こ〜さん、ありがとうございます。
私の認識では、1フレームに割り当てられた時間は1/60秒ですが、1コマのシャッタースピードはずっと速く出来ると思ってますぉ。
私のボロい6,7年以上前のDVでも1/4000秒くらいまで速められます。だからビシッと止めることは出来ると思うのです。

一方で確かにコマとコマの間は埋めようがありませんから、微妙なシャッターチャンスを逃す事はあるでしょうね。でも今回出て来たSONYの240フレーム/secのカメラなど、それさえも無くなりそうです。

俺は...

男,49歳,ここは俺のカメラ趣味のブログ。
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