Tweet
俺の故郷は福島です。福島の英雄と言えば野口英世博士。
猪苗代町にあった野口英世の生家は、古くから野口英世記念館として福島県人で訪れたことが無い人がいないくらい有名な場所。その記念館に20年ぶりに行ってみた。
なんと言っても有名なのは、幼い時に落ちて左手に大火傷を負ったという囲炉裡。そして英世が医学の道に進むために上京する際、決意を床柱に刻んだというその跡。
俺の記憶が正しければ、二十数年前の生家は茅葺きの屋根を守るため、すっぽりとそれを保護する屋根に覆われていたはずだ。今はそれが取り払われ、その代わり茅葺きの屋根の数メートル上に平らで重厚な雨よけがもうけられた。だから生家はオリジナルの姿に近い形で見る事ができる。
千円札の肖像画になったことも影響していると思われるが、記念館の資料室はだいぶ立派なものになっていた。なんと、しゃべって動く野口博士の人形が置いてある。生きている人間のように微妙な表情の変化も表すそのロボットに隔世の感あり。
さて、本題である。資料室に置いてある一枚のポジフィルムに目が止まった。にこやかな顔の野口博士がやや彩度は低いけれどしっかり写っている。ちょっと古いリバーサルフィルムのように見えなくもない。オートクロームとある。
オートクロームとは1907年に市販された世界初の商業カラー写真らしい。詳しくはこちらにあるが、一言で言えば、RGBをモザイク状に配置したカラーフィルターを作り、その上に乳剤を塗布して露光。反転現像したあと再びそのカラーフィルター越しに見ればポジのカラー画像が再現出来るという画期的な発明だ。
なんとこれは今のデジタルカメラの主流であるベイヤー型の基本原理ではないか。オートクロームはそのコストと、不便さから使われなくなり、次第に今のフィルムのような垂直方向に色を記録する方法に取って代わる。
デジタルの時代になって、水平方向にカラー情報を分布させるオートクロームの方法がベイヤーによって復活するとは発明者もあの世で驚いているのではないだろか。
さて、野口英世のこのオートクローム写真、1914年にアメリカで撮影され、博士の田舎の恩師に贈られたそうだ。その博士の新らしもの好きに感心するし、猪苗代町の田舎の人の驚きはいかばかりであったろうか。
そしてさらに、博士の愛用した理化学機器も展示されていたのだ。その中でも特に重要なのが細菌研究にはかかせない顕微鏡。そしてその上に乗る写真撮影のためのキャビネサイズと思われる蛇腹暗箱のホルダー部分にはERNST LEITZ WETZLARの文字が。うかつにも顕微鏡のメーカーを見るのを忘れたのだが、これもライツに間違いはないであろう。

偉人達の記念館を訪ねた際良くみると、必ず写真関係の発見がある。これからもちょっと注意してみて行こうと思うのでR。
追記:非常にナイスなタイミングなのですが、ベイヤー素子の発明者、コダックの研究員だったBayer氏が、その発明に対して王立写真協会のプログレスアワードを受賞した模様。今世間にあふれるデジカメの基礎を作ったことが評価された。これはCCDの発明者がノーベル賞を受賞した事とも関係しているのかも知れない。
となればオートクロームを発明したリュミエール兄弟はもっと凄いということになるかも。ちなみにリュミエールとはフランス語の「光」であって、偶然であるが凄い名前だ。俺の住んでるアパートの名前もルミエールなのでR。素晴らしいではないかっ!
猪苗代町にあった野口英世の生家は、古くから野口英世記念館として福島県人で訪れたことが無い人がいないくらい有名な場所。その記念館に20年ぶりに行ってみた。
なんと言っても有名なのは、幼い時に落ちて左手に大火傷を負ったという囲炉裡。そして英世が医学の道に進むために上京する際、決意を床柱に刻んだというその跡。
千円札の肖像画になったことも影響していると思われるが、記念館の資料室はだいぶ立派なものになっていた。なんと、しゃべって動く野口博士の人形が置いてある。生きている人間のように微妙な表情の変化も表すそのロボットに隔世の感あり。
さて、本題である。資料室に置いてある一枚のポジフィルムに目が止まった。にこやかな顔の野口博士がやや彩度は低いけれどしっかり写っている。ちょっと古いリバーサルフィルムのように見えなくもない。オートクロームとある。
なんとこれは今のデジタルカメラの主流であるベイヤー型の基本原理ではないか。オートクロームはそのコストと、不便さから使われなくなり、次第に今のフィルムのような垂直方向に色を記録する方法に取って代わる。
デジタルの時代になって、水平方向にカラー情報を分布させるオートクロームの方法がベイヤーによって復活するとは発明者もあの世で驚いているのではないだろか。
さて、野口英世のこのオートクローム写真、1914年にアメリカで撮影され、博士の田舎の恩師に贈られたそうだ。その博士の新らしもの好きに感心するし、猪苗代町の田舎の人の驚きはいかばかりであったろうか。
そしてさらに、博士の愛用した理化学機器も展示されていたのだ。その中でも特に重要なのが細菌研究にはかかせない顕微鏡。そしてその上に乗る写真撮影のためのキャビネサイズと思われる蛇腹暗箱のホルダー部分にはERNST LEITZ WETZLARの文字が。うかつにも顕微鏡のメーカーを見るのを忘れたのだが、これもライツに間違いはないであろう。
偉人達の記念館を訪ねた際良くみると、必ず写真関係の発見がある。これからもちょっと注意してみて行こうと思うのでR。
追記:非常にナイスなタイミングなのですが、ベイヤー素子の発明者、コダックの研究員だったBayer氏が、その発明に対して王立写真協会のプログレスアワードを受賞した模様。今世間にあふれるデジカメの基礎を作ったことが評価された。これはCCDの発明者がノーベル賞を受賞した事とも関係しているのかも知れない。
となればオートクロームを発明したリュミエール兄弟はもっと凄いということになるかも。ちなみにリュミエールとはフランス語の「光」であって、偶然であるが凄い名前だ。俺の住んでるアパートの名前もルミエールなのでR。素晴らしいではないかっ!




既にご覧になれているかも知れませんが、
ミッドタウン内の富士フイルムの
写真の歴史的な展示室も軽く面白いですよ。
それは知りませんでした。ありがとうございます。
これはライツの顕微鏡ですね。
元々は顕微鏡メーカーだから。1914年とはオスカーバルナックがウルライカを作った頃ですね。
毎年三春の滝桜を見に行ってるんですが、いつも猪苗代湖近くのホテルに泊まってます。去年野口英世記念館に初めて行ってみたんですが、顕微鏡のメーカーまでは(観たはずなんですが)覚えてないです。。
こんにちは。やっぱりそうなんですね。
ウルライカ...なるほど 写真の歴史が頭に入っていると近代の歴史をまた面白く見れますね。
毎年行くのですか! すばらし
私は郡山が田舎なのですが、今まで一度も見たことがないのですっ。
あー面白いお話でした。
1907年(明治40年)1914年(大正3年)凄い数字ですが
当時の写真はしっかりある分けです。
私の1928年(昭和3年)製と勝手に思い込んでいるヘリアーなんて新しいレンズなんでしょうね。
時を経るって素晴らしい。
約100年前のカラー写真が見事に残っているというのは凄い事です。
フィルムもレンズも昔の物が残っているということは大きな勇気につながります。
オートクロームの澱粉フィルターを作るのは大変そうですが、テレビのカラーフィルターを使ってオートクロームもどきを作っている人がいるようです。