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デジカメが普及する以前から写真は世の中に溢れていた。が,デジカメの普及と歩調を合わせるようにインターネットとケータイが普及して,そのおかげで表現する場も広がった。デジカメだけ普及してもインターネットやケータイという見せる場がなかったなら,これほど皆写真を撮らなかったのではないかな。
良いことずくめなのだけれど,写真がどこにでも溢れて新鮮味が無くなったというのは今更言うことでもない。街を歩けば写真,動画。人に会えばケータイで写真、動画。ネットを見れば写真,動画,個人のブログには似たり寄ったりの写真で溢れてる。
写真のはじまり物語 安友志乃著 によればダゲレオタイプの発明をアメリカで最初に報じた新聞記事のくだりは注目に値する。
まだ世の中ではダゲール以外に「写真」というものの存在を誰も知らないわけで,知らない記者がそのわけのわからないモノを何も知らない読者に言葉で伝えることの可笑しさと真剣さとドキドキ感が入り交じった状況をうまく伝えてくれている。
写真や動く絵が当たり前になって久しい今の世の中で,ドキドキする気持ちを思い起こさせる写真や動画を見つけるのは大変だ。ましてそれを自分でやるとなれば...。
そのためには「中身」で感じさせるのが正当な方法なのだろうが,その感性を持たない俺は「手法」で自分自信がまず楽しんでやろうと思っている。そのための方法は自分の手で1から弄ることの出来るシンプルな手法が最も感動的なのに決まっている。
写真のはじまりにBack to the basicしてみる必要があると思った。
良いことずくめなのだけれど,写真がどこにでも溢れて新鮮味が無くなったというのは今更言うことでもない。街を歩けば写真,動画。人に会えばケータイで写真、動画。ネットを見れば写真,動画,個人のブログには似たり寄ったりの写真で溢れてる。
写真のはじまり物語 安友志乃著 によればダゲレオタイプの発明をアメリカで最初に報じた新聞記事のくだりは注目に値する。
まだ世の中ではダゲール以外に「写真」というものの存在を誰も知らないわけで,知らない記者がそのわけのわからないモノを何も知らない読者に言葉で伝えることの可笑しさと真剣さとドキドキ感が入り交じった状況をうまく伝えてくれている。
写真や動く絵が当たり前になって久しい今の世の中で,ドキドキする気持ちを思い起こさせる写真や動画を見つけるのは大変だ。ましてそれを自分でやるとなれば...。
そのためには「中身」で感じさせるのが正当な方法なのだろうが,その感性を持たない俺は「手法」で自分自信がまず楽しんでやろうと思っている。そのための方法は自分の手で1から弄ることの出来るシンプルな手法が最も感動的なのに決まっている。
写真のはじまりにBack to the basicしてみる必要があると思った。




安友さんの「撮る人へ」で私が紹介されてるから見てみて。
本ですね。了解っ。