1つ前に書いた「安原製作所回顧録」は、カメラの製品化には膨大なコストがかかることを俺たちシロートに伝えてくれる。趣味色の濃いカメラに俺たちは好き勝手な注文をつけるのだが、それはかなり無理な注文だということがよく分かった。
カメラユーザーに「今のカメラは画一的で面白く無くなった」という人は多いが、この発言には高性能のカメラが安く買えるようになったことへの有り難みは含まれていない(安原製作所回顧録p117より引用)。
へい、すんません。その通りでした。これからはもっと感謝して使います。
さてフィルムについても同様のことが言える。フィルムもカメラ本体ほどではないかもしれないが少量生産には向かない。フィルム製造には非常に大掛かりな設備が必要だ。親指の長さ程度の幅のフィルムを俺たちは使うが、もとは両手を広げた位の幅のフィルムを延べ数百メートルあるフィルム塗布機を通して製造する。
塗る前のどろどろした液体=乳剤を製造するタンクは数えきれない程の配管で結ばれていて、モノクロフィルムでさえ硝酸銀とハロゲン以外に2,30種の薬品を投入する。
フィルムを塗る塗布機はメーカーに何十台もあるわけではない。少量で多品種を製造するためには、品種毎に製造機の洗浄をして切り替える必要があるが、前品種のコンタミ(contamination)等の問題がありこれまた大変なのだ。
「ドモホルンリンクルの製造工場は1日に1回生まれ変わります」と江守徹がCMで喋るように、洗浄には予想以上の苦労がある(フィルムの製造機はバケモノ級だからさすがに分解洗浄まではしないが)。
そんな理由から、消費が少なくなって来たフィルムを製造するためのコストアップは想像に難く無い。メーカとしては数の出ない製品はなるべく切り捨て、沢山売れる製品に絞って製造したいというのが本音であることは間違いない。
さて、何が言いたいかといえばたいしたことではない。フィルムを俺たちが使わないとなくなっちゃうから使おうねということだ。
フィルムなんてイラネぇという人には関係ない話だが(それから、フィルムを今でもばりばり使って暗室作業は当たり前というマニアorプロは置いといて)、フィルムじゃないと撮れないものがあるとか(俺自身はそういう体験ないんだが)、フィルムの味とか、雰囲気とかそういうちょっとノスタルジックなものでも、デジタルと違って「モノ=実態」として残るからというのでも、センサーは好みでおいそれと変えられないがフィルムなら口笛ふきながら変えられるとか、そういうフィルムにちょっと未練がありながらデジタルの便利さに流されてしまって、最近フィルムをトンと使っていないがやっぱり気になる人。
月に1本つかいませう。モノクロ、ネガ、リバーサル、35mm、中判 ... メーカーが喜べば何でもオーケー。
フィルムを月に1本使うの会を発足。現在会員1名(おれ)。
会則:フィルムを月に最低1本は使い、作品をなんでもいいからネットに上げる。
(ほんとは銀塩プリントまでしてあげたいところだが、お金かかるからそこまでしない)。
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(なお俺はフィルム会社のまわしものではないっ)